長崎県美術館

学校利用

はじめに

長崎県美術館は、長崎市出島町に平成17年4月に開館しました。

開館以来、教育普及事業と生涯学習事業には特に力を入れており、学校等の美術館利用(以下、スクールプログラム)に関しては毎年多数のご利用をいただいております。

スクールプログラムには大きく「鑑賞プログラム」と「表現プログラム」の二本の柱があり、その他の活動として美術館のバックヤードなどを巡る「館内ツアー」があります。来館に際してはエデュケーター(教育普及・生涯学習担当)が、利用目的や子ども達の実状に合わせて先生方と協力して対応しています。最近は、PTA活動等での保護者の利用も多くなってきました。

来館した子ども達と接してみて、その適応力の高さと感受性の豊かさにはびっくりさせられることがよくあります。心の柔軟な修学期に芸術にふれ、その楽しみや感動を大切にし、自らの感性として肉体化することは、人生にとってかけがえのない体験となります。そのため美術館などでの美術経験は特に大切だと実感しています。

芸術の世界は答えが一つではありません。さまざまな美術作品を自分の目で実際に観て、自分の心で感動し、自分の頭で考える。イメージを豊かに膨らませ、知的な創造の楽しみを味わうことが大切です。美術は人が生活を楽しみ、人生を心豊かに生きていくためのパートナーなのです。

これからの子ども達が生きていく未来の長崎県において、県民の生活にしっかりと根ざした美術館でありたいと願っています。学校・学級単位でのご来館を心よりお待ちしています。

長崎県美術館 米田 耕司

学校と美術館の連携の可能性

ある学校の教師が一群の生徒を連れて美術館に来た。私の顔の色が異なることと、
白紙の上に線が一本しか描かれていないのを見て、生徒たちは大いに嘲った

※現代表記に変えています

これは、明治期西洋画壇の重鎮であり、印象派の画風を日本にもち帰ったことでも知られる黒田清輝が、フランスに留学してルーヴル美術館で模写を始めたころの日記の一文です。

明治19年(1886)5月の日記ですから、今から120年以上も昔のこと。そのころからパリ市内では学校から美術館へ行き、子どもたちが学習していたのですから驚きです。

一方、わが国ではどうでしょうか。

いまでこそ各地の美術館で地域の学校と連携した教育的事業の取り組みが広がっていますが、20年ほど前にはきわめて稀なケースでした。もちろんいまでも授業時間や交通機関、安全確保などいくつかの越えなければいけないハードルがあることに変わりはありません。しかしながら、美術館に行って作品を鑑賞することは、子どもたちに大きな感動とさまざまな学びを与える刺激的な経験であることが理解され、そうした困難を乗り越える価値があることにみんなが気付き始めたのでしょう。

美術作品の形や色は図版やプロジェクターを通して見ることができても、大きさや質感、量感は実際に作品と向き合わないと感じ取ることはできませんし、作品と空間が醸し出す雰囲気を体感することも大切なことです。その意味で、美術館は豊かに作品を鑑賞できる場所なのです。

美術館はさまざまな感じ方や考え方と出会うところです。子どもたちは、人の顔や風景をどうしてこのように描くのだろうと不思議に思ったり、意外なテーマやモチーフに驚いたり、この作品は何を表しているのだろうと疑問をもったりするでしょう。自分や友だちの描き方とは違う、見方が違う、感じ方が違う作品の数々。さまざまな違いと出会ってそのわけを考え、自分なりに判断したりみんなで話し合ったりする。そうして、同じテーマやモチーフであってもその表現はひとつではないことや、表現は自由だということにそっと気付きます。それはつまり、表現のもとにある感じ方や考え方が違うからであり、その主体である「ひと」が違うからなのだということの理解に、いつか結びつくでしょう。

表現とは自分を表現することにほかならない。絵や彫刻をつくることは自分をつくることともいえます。だからそれぞれの作品は、もちろん自分や友だちの作品も含めて、表現したその人自身のように尊重しなければならないし、それぞれのよさや美しさ、差異や共通点を認め合うことが大切なのです。

このようなメンタリティは、自分の経験や生活から得た知識、興味や関心の在り処などをもとにして作品を自分なりに理解し、意味や価値を創り出していく活動、つまり鑑賞という活動を通して育まれます。授業としての鑑賞は、その作品を理解することや美術の素晴らしさを感じ取ることを狭義のねらいにしていますが、それだけではなく、作品を鑑賞することを通して、子どもたちは自分や他者がかけがえのない存在なのだという確信を漠然と、しかし少しずつ身につけていくのです。教育の大きな目標を人間としての尊厳を形成することと考えると、美術作品の鑑賞はまさに根源的な部分を担っているということができるでしょう。

美術館に子どもたちを連れていくことは、このような鑑賞の授業をより効果的に行う教育機会となります。学校教育と密接に結びついた施設である美術館の活用を考えたいものです。

帝京科学大学こども学部児童教育学科 上野 行一