ジャネット・カーディフ《40声のモテット》

Platform Seoul(ソウル)での展示風景(2008年) Photo by Myoung-Rae Park. Courtesy of the artist and Luhring Augustine, New York / Fraenkel Gallery, San Francisco / Gallery Koyanagi, Tokyo.

企画展

会期
2025年10月17日(金)~11月16日(日)
休館日
10月27日(月)、11月10日(月)
会場
企画展示室

世界を魅了した、かつてない「音の空間」が長崎へ

このたび長崎県美術館では、カナダのアーティスト、ジャネット・カーディフによるサウンドインスタレーション《40声のモテット》を展観します。

ルネサンス期イングランドの作曲家トマス・タリスの宗教合唱曲『我、汝の他に望みなし Spem in alium』(通称「40声のモテット」)を素材とする本作は、楕円形に配置された40台のスピーカーからそれぞれ異なる声部が再生され、その間を観客が自由に歩き回ることができるという14分間の没入型の作品です。観客は楽曲の「中」に入り、展示室内を移動しながら立ち位置によって異なる音を聴きます。そして個々の歌い手たちの声と親密にコネクトしつつ、音がどのように物理的に空間を構築するのかを体感するのです。すべての歌い手たちの声が重なる瞬間、観客は、音の波に包まれる圧倒的な感覚を体験することになります。

カーディフの《40声のモテット》は、2001年の発表後、世界各地で展示され続けています。日本でも2009年(銀座メゾンエルメスフォーラム)、2010年(サントリーミュージアム天保山)、2013年(あいちトリエンナーレ2013、愛知県美術館)に展示され、体験した人々に深い余韻を残しました。過去10年以上は日本国内で展示される機会がありませんでしたが、本年3月から来年2月まで、四つの美術館──原美術館ARC(群馬県渋川市)、金沢21世紀美術館、長崎県美術館、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館──を巡回することとなり、長崎でも、この名作の展示が実現する運びとなりました。

銀座メゾンエルメスフォーラムでの展示風景(2009年)Photo by Atsushi Nakamichi / Nacása & Partners Inc. Courtesy of the Fondation d’entreprise Hermès, 2009.

2025年4月に開館20周年を迎えた当館は、開館以来、美術のみならず音楽鑑賞の機会を地域の皆様に積極的に提供してきました。たとえば長崎大学および活水女子大学との連携事業であるコンサート「イブニングライブ」は、通算400回以上を数えます。開館20周年の年に、美術と音楽が融合したサウンドインスタレーションである本作を展観することは、当館が取り組んできた活動を象徴的に示すことでもあると考えています。

本展では、企画展示室の半分のスペースを使い、本作1点だけを展示します。天井高5.8メートルの展示室には、普段はスクリーンで閉ざされている北向きの大窓があり、本展の展示空間は、ここから長崎港や対岸の風景を望むことができるものになります。このような環境で、ぜひこのサウンドインスタレーションの名作を体感してください。

作家紹介

ジャネット・カーディフ(スイス、トゥールガウ州立美術館にて、2002年)Kunstmuseum des Kantons Thurgau, Switzerland with Artist 2002. Photo by Stephan Rohner. Courtesy of the artist and Luhring Augustine, New York / FraenkelGallery, San Francisco / Gallery Koyanagi, Tokyo.

ジャネット・カーディフ(1957~)
ジャネット・カーディフは、ブリティッシュ・コロンビア州の田園地帯を拠点とするアーティスト。1997年にミュンスター彫刻プロジェクトに、1999年にピッツバーグのカーネギー・インターナショナルに出品。2001年にはジョージ・ビュレス・ミラーとのコラボレーションでヴェネツィア・ビエンナーレにカナダ代表として参加し、特別賞を受賞しました。その後もミラーとともに、音響・メディア技術を駆使した独創的なインスタレーションを手がけ、国際的に高く評価されています。日本での人気も高く、ベネッセアートサイト直島には2010年から2021年まで常設作品《ストーム・ハウス》が設置され、2017年には金沢21世紀美術館で個展が開催されました。国立国際美術館には《大阪シンフォニー》(2018年)が収蔵されています。2023年、彼らはブリティッシュ・コロンビア州エンダービーに、マルチメディア作品を恒久展示する大規模な展示スペース「カーディフ・ミラー・アート・ウェアハウス(CMAW)」をオープンしました。

トマス・タリスの「40声のモテット」について

「モテット」とは、中世末期にヨーロッパで成立し、ルネサンス期に発展した多声の宗教合唱曲のことです。「40声のモテット」として知られるトマス・タリス(1505頃-1585)の『我、汝の他に望みなしSpem in alium』は、40声(5声×8群)という膨大な声部で構成される、イングランドにおけるルネサンス音楽の代表作の一つです。トマス・タリスは、ヘンリー8世、エドワード6世、メアリー1世、エリザベス1世の4人のイングランドの君主に仕えた作曲家にして王立礼拝堂のオルガニストで、現代でも最も人気のあるルネサンス期の作曲家の一人です。彼の傑作の一つである「40声のモテット」については、メアリー1世の40歳の誕生日を祝うために作曲された、あるいはエリザベス1世を称えるために作曲されたなど、諸説あります。

リドー・チャペル(カナダ国立美術館)での展示風景(2001年)Courtesy of the National Gallery of Canada.
モントリオール現代美術館での展示風景(2002年)Courtesy of the artist and Luhring Augustine, New York / Fraenkel Gallery, San Francisco / Gallery Koyanagi, Tokyo.

ジャネット・カーディフの言葉

「通常、私たちはコンサートで、合唱隊の前に座って楽曲を聴きます。それが伝統的な観客の位置です。でも私はこの作品で、観客に、歌い手たちの位置から音楽を体験してもらいたいのです。歌い手はそれぞれの位置から、その楽曲の唯一無二の音を聴いています。観客は展示空間内を動き回ることで、歌い手たちの声と親密につながることができます。また楽曲が変化してゆく構造物であることもわかるようになります。私はさらに、音がどのように物理的に彫刻的な空間を構築するのか、そして観客がこの物理的でありながら仮想的な空間の中をどのように移動するのかということに関心を持っています。」 「私は展示室の中にスピーカーを楕円形に配置し、聴き手がタリスの楽曲の彫刻的な構造を実感することができるようにしました。音は一つのコーラスグループから別のグループへと移動し、前に後ろに飛び交いながら互いに響き合います。そしてすべての歌い手の声が重なる瞬間、観客は、音の波に覆われるという圧倒的な感覚を体験することになるのです。」

聖ヨハネ教会(オーストリア、フェルトキルヒ)での展示風景(2005年)Photo by Markus Tretter. Courtesy of the artist and Luhring Augustine, New York / Fraenkel Gallery, San Francisco / Gallery Koyanagi, Tokyo.

《40声のモテット》録音の背景

ソールズベリー大聖堂聖歌隊による音源収録風景(2000年)Photo by Hugo Glendinning. Courtesy of the artist and Luhring Augustine, New York / Fraenkel Gallery, San Francisco / Gallery Koyanagi, Tokyo.

1998年、ジャネット・カーディフはトマス・タリスによる名曲、『我、汝の他に望みなしSpem in alium』(通称「40声のモテット」)のCDを贈られました。彼女はシンプルなステレオでこれを聴いて魅了されましたが、40の声部を別々に聴き取れないことに不満も感じました。そこで、40台のスピーカーを用いた「40声のモテット」のサウンドインスタレーションを構想します。聴衆が、空間内を自由に移動して、立つ位置や聴く位置を変えることにより、ミキシングやブレンディングに自ら能動的に参加することになるというものです。2000年にテリーザ・バーン Theresa Bergne(フィールド・アート・プロジェクツ)からソールズベリー国際芸術祭への参加を要請された際、カーディフは広大な会場でのサウンド・スカルプチャー(音響彫刻)としての作品を提案します。1年間の調査と準備を経て、芸術祭の一環としてソールズベリー大聖堂聖歌隊およびイングランド各地の歌い手たちによる「40声のモテット」の録音が行われ、本作が完成しました。

このサウンドインスタレーションは、複雑な録音プロセスを経て制作されています。40の声部——それぞれ明確に独立した旋律線——のために書かれたこのモテットは、5声部(ソプラノ、アルト、テノール、バリトン、バス)ずつからなる8つのグループで構成されています。カーディフはソプラノパートに女性ではなく児童の声を用いるバージョンを好んだため、27人の少年少女がソプラノパートを担当し、そこに32人の成人男性の聖歌隊員が加わりました。

録音は、ソールズベリー大聖堂の敷地内にあるホールで行われました。音響的に「デッド」な(音が反響しない)環境を作り出すため、このホールには毛布とカーテンが張りめぐらされました。録音セッション中、大人の歌い手たちは声が交ざり合わないように互いに5フィート(約1.5メートル)離れて立ち、ソプラノパートの子どもたちはグループにまとめられました。総勢59人の歌い手は、それぞれが、マイクを身体の正面に固定するための支えのついた高品質ピンマイクを装着しました。計59本のケーブルがそれぞれの歌い手から屋外の貨物自動車(実質的な録音スタジオ)まで引かれ、そこで59トラックが録音され、ソプラノはミキシングされて、計40トラックとなりました。3時間に及んだセッションの中で、歌い手たちは休憩をとりましたが、カーディフと編集を担当したジョージ・ビュレス・ミラーは、その間も録音を継続することに決めていました。歌い手たちのおしゃべりや雑音は、最終ミックスにおいて3分間の間奏部分となり、歌い手と聴衆の間に親密で直接的なつながりを生み出すことになりました。それぞれの歌い手が歌っていない部分のトラックは編集で削除されました。そうすることで、他の歌い手たち同士の「クロストーク(雑談)」が最終的な作品の仕上がりの質を損なうのを防いでいます。

作品データ

ジャネット・カーディフ《40声のモテット》2001年

40台のスピーカーとスタンドおよびコンピュータを用いたオーディオインスタレーション

14分のループ(楽曲11分、会話3分) ジャネット・カーディフの《40声のモテット》は、もとはフィールド・アート・プロジェクツにより、アーツ・カウンシル・イングランド、カナダ・ハウス、ソールズベリー・フェスティバル、ソールズベリー大聖堂合唱団、バルチック・ゲーツヘッド、ニュー・アートギャラリー・ウォルソル、ナウ・フェスティバル・ノッティンガムと共同で制作された作品です。

関連企画

レクチャー&ギャラリーツアー「トマス・タリス《Spem in alium》とルネサンスの宗教音楽」

ルネサンスの宗教音楽や「モテット」という形式についての基本を学び、音楽史・音楽思想史的な観点からタリスの代表作《Spem in alium》への理解を深めます。レクチャー後は講師と一緒に展示を鑑賞します。

日時2025年10月18日(土)14:00~15:30 ※終了時刻は目安です。
講師米良ゆき(活水女子大学非常勤講師)
会場講座室
定員30名 ※先着順・受付は13:30から。
参加費無料(要本展観覧券)

基本情報

観覧料

一般1,000(800)円
大学生・70歳以上800(600)円

※高校生以下無料
※( )内は前売りおよび15名以上の団体料金
※身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、障害福祉サービス受給者証、地域相談支援受給者証、特定疾患医療受給者証、特定医療費(指定難病)医療受給者証、先天性血液凝固因子障害等医療受給者証、小児慢性特定疾病医療受給者証の提示者および介護者1名は5割減額
※会期中本展観覧券でコレクション展にも入場できます。
※当日に限り再入場可能です。

※前売券販売期間:9月14日(日)~10月16日(木)

前売券取扱い店

チケットぴあ(Pコード687-317)
ローソンチケット(Lコード81634)
セブンチケット(セブン-イレブン)
CNプレイガイド(ファミリーマート)
イープラス(eplus.jp)
好文堂書店
紀伊國屋書店 長崎店
メトロ書店 長崎本店
くさの書店チトセピア店
長崎県美術館

主催等

主催長崎県美術館
共催NCC長崎文化放送
特別協賛フジオカホールディングス
助成長崎市芸術文化活動助成金、公益財団法人野村財団
後援長崎県、長崎市、長崎県教育委員会、長崎市教育委員会、長崎新聞社、西日本新聞社、毎日新聞社、読売新聞西部本社、NHK長崎放送局、長崎ケーブルメディア、エフエム長崎

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